マーラーとヒトラー

久々に、大変読みごたえのある本に出会いました。

マーラーとヒトラー―生の歌 死の歌

マーラーとヒトラー―生の歌 死の歌

1906年グスタフ・マーラーは宮廷歌劇場の総監督として
その生涯の絶頂期を迎えていた。
ちょうどその頃、1人の芸術家志望の青年がウィーンを訪れていた。
のちにナチスの独裁者として、世界を震撼させた
アドルフ・ヒトラーである。
二十世紀初頭のウィーンの街で、同じ空気に触れた2人の運命は、
そのあとナチス政権下におけるマーラー音楽の徹底した弾圧という
思わぬ形で結ばれる。

天才的な作曲家・指揮者でありながら
ユダヤ人であったがために熾烈な攻撃や妨害を受け、
苦難の人生を歩まざるを得なかったマーラー
そしてそのマーラーの作品を軸に
ナチスによって弾圧を受けた音楽家達について書かれており、
苛酷な運命を辿らなければならなかった
数々の才能ある音楽家達の姿に、読みながら涙ぐんでしまいました。




例えば演奏中にナチスに爆弾を投げ込まれ、多数の聴衆が劇場を去り、
自らの生命も危機にさらされながらも、
「妨害に成功したという征服感をナチス側に与えるわけにはいかない」
と最後まで公演をやり通したユダヤ人の大指揮者ブルーノ・ワルター
多くの反ナチス楽家が国外へ逃亡する中、
ドイツ国内で演奏活動を続けながらナチスに敢然と抵抗し続けた
ドイツ人の大指揮者ウィルヘルム・フルトヴェングラー
アウシュビッツに送られて
女性オーケストラの指揮者兼ヴァイオリン奏者として演奏することを強いられ、
時には強制労働から帰ってくる集団から列を離れた同胞が
犬に噛み殺されていくのを見ながら行進曲を演奏しなければならなかった
ユダヤ人の女流ヴァイオリニスト、アルマ・ロゼー(マーラーの姪)。
想像を絶します。




またフルトヴェングラーらとは対照的に早くからナチスに積極的に荷担し、
1989年に81歳でなくなるまでクラシック音楽会の帝王として君臨し続けた
カラヤンの姿もあります。
まだ20代の若さで全く無名の指揮者だった彼が
当時のドイツ音楽会で地位を築くためには、
ナチスに荷担するより他なかったというのはわからなくもないのですが・・・。
彼は後年のインタビューで、
「過ちを犯したとは全く思っていません。
 同じ状況に置かれたら、私はまた同じ事をするでしょう。」
とまったく悪びれることもなく言い放っています。
正義とは一体なんなのか、そして成功とは一体なんなのか・・・・・
考えさせられてしまいます。




またヒトラーワーグナーに傾倒し、
一時期ナチスのシンボルとして
ワーグナーの音楽が使われていたことは有名ですが、
ワーグナー自身も生前
ユダヤ人による音楽界の支配を猛烈に攻撃する論文を
1850年に書いていたのですね。
しかもその論文にはこんな文章もあるそうです。
「他民族が猿から進化したのに比べ、ゲルマン民族の起源は神々にある」
・・・・・・・・・・。




日本人はワーグナーマーラーも大好きで、
どちらの作曲家の作品も全く屈託なく楽しんでいます。
それは何の先入観もなく純粋に音楽を楽しめるということですから、
プラスの部分でもあると思います。
けれども時代背景やその音楽家がどんな思想を持っていたのかなど
色々な事柄を知ることにより、
その音楽に対してより深く理解することができるでしょうし、
また知らなさすぎることも問題かな、と・・・・。
今回この本に登場した指揮者達の録音やマーラーの曲を、
改めてじっくりと聴いてみたくなりました。


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