幕末明治・美人特集!(第3弾)


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以前、何の気なしに明治時代の美男・美女特集をやってみたところ、
思わぬ大人気で(;;゜∀゜)
第1弾はこちら→ 2007.3.1.明治美人コンテスト
第2弾はこちら→ 2007.3.7.明治の美男美女
というわけでご好評にお答えして第3弾、行ってみます!
今回は幕末・明治の美人特集で、出典元はこちらの本です。

写された幕末

写された幕末

「写された幕末〜石黒敬七コレクション」明石書店


まず一人目はこちら。

名前などは不明です。
説明には、
「江戸吉原遊郭太夫と二人の禿(かむろ。見習いの少女)。
 花魁の髪は立兵庫、禿は未来の太夫である。」
と書かれています。
太夫」とは女郎の中でも最高位にある女性を指し、
階級の高い客を相手にするために
舞踊や芸事だけでなく香道・茶道・和歌・俳諧など、
広い教養を備えていたといいます。
2人の禿と共に立つ艶やかな姿は、
ゾクゾクッとするような色香が漂っていますね。




2人目は、新橋の名妓、新橋ぽん太(1880(明治13)〜1925(大正14)。

明治の頃の美人を調べるとこの人の名前は必ず出てきます、
ブロマイドなどもたくさん売られ、当時の美人の代名詞だったようです。
新橋の名妓として大人気を博し、
そして17歳の時に豪商だった鹿島清兵衛に落籍され、妻となります。
ところが清兵衛は大変な遊蕩家で生活は苦しく、
ぽん太は10人以上の子供を産み(!)、芸妓時代に習った長唄や踊りで
生活を支えたのだそうです。




3枚目のこちらは、パリで撮られた写真だそうです。

慶応3年(1867)に開かれたパリ万国博覧会で、
手踊りを披露するためにはるばる海を越えて日本からパリにやってきた、
ゆかりさんという女性だそうです。
肉感的というか、女性らしいふくよかさがあってとても素敵なポートレートですね。




最後はこちらの方々。

・・正直、巫女さんにしてはやけに艶やかな姿なので
見たときは一瞬遊女たちなのかと首をひねってしまったのですが、
説明文を見て納得・・
「巫女は神に奉仕する選ばれた美女達で、自らの容色を媒介として
 信者を神に魅きつけ賽銭を多く集めるのが役目であった。
 信者を魅きつけるためには売色をも厭わなかった。
 (上の写真は)幕末の巫女達。
 梓、巫女、市子、憑、祈祷、狐下げなどの一切は明治6年、
 人身風俗壊乱の廉(かど)で公然禁止となった。」
 梓=梓弓(あずさゆみ)の弦を打ち鳴らして神霊・生き霊・死霊などを呼び寄せ、
   自分の身にのりうつらせて託宣をする女。
市子=神霊・生き霊(りょう)・死霊(しりょう)を呪文を唱えて招き寄せ、
   その意中を語ることを業とする女性。
狐下げ=狐憑


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